ステラおばさんのお話

ステラおばさんは実在するの?どんな人だったの?
ステラズキッチンのレシピを作り上げたステラおばさんのお話です。

テラおばさんは、とっても愉快な人でした。ステラおばさんと一緒に少年時代を過ごしたジョセフ・リー・ダンクルには、楽しかった思い出しかありません。  ジョセフが生まれたとき、1908年生まれのステラおばさんはペンシルバニア・ダッチカントリーで幼稚園の先生をしていました。でも彼女を先生と呼ぶ人は誰もおらず、子どもたちも、村の人も、みんな 「アントステラ=ステラ」 おばさんと呼んでいました。 ステラおばさんは、ときどき子どもたちのお尻を叩きながら、でも叩いた回数と同じだけ、子どもたちのためにクッキーやケーキを焼く、そんな先生でした。かつて村の教会主催のお菓子コンテストで優勝したこともあるステラおばさんのクッキーやケーキは、いつも世界一でした。

ョセフは物心がつくと、大好きなステラおばさんのあとを一日中ついて歩いていました。ステラおばさんはジョセフと一緒に、トマトを植えたり、ピクルスを作ったり、大きくて香ばしいクッキーやケーキを焼いたりしてくれました。夜になると、ステラおばさんはベッドの脇や暖炉の前で、ダッチカントリーに星の数ほどもあるアーミッシュの物語や言い伝えを、歌うように聞かせてくれました。  ジョセフはやがて成長し、ビジネスチャンスを見つけて来日します。そして日本に、ステラおばさんから教わったアーミッシュの考え方と同じものが、たくさんあることに気付きました。

アーミッシュのお話

1982年、ジョセフはステラおばさんのお菓子を日本に紹介しようと決意しました。子どもの頃、ジョセフがあんなに楽しみだったステラおばさんのクッキーとパウンドケーキです。ジョセフはダッチカントリーに電話し、ステラおばさんに決意を打ち明けました。74歳になっていたステラおばさんはとても喜んで賛成してくれました。そして言いました。 「いいかい。クッキーやケーキを作るとき一番大切なのは、オーブンの温度じゃないんだよ。それを誰かの為に作ろうっていう気持ちなんだよ」  ステラおばさんは、それからの6年間、ジョセフにクッキーとケーキ作りのすべてを伝えました。そして1988年の春、80歳の生涯を閉じました。 いま、ステラズキッチンには、ステラおばさんが生涯をかけて書きためてきたレシピノートが大切に保存されています。ジョセフはいまでも、そのノートを眺めて一日を過ごすことがあります。そのノートが、ステラおばさんからの手紙のようにも思われるからです。

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ステラおばさんの故郷 ペンシルバニア・ダッチカントリー

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